時代を視る

2021年1月ニュースレター 時代を視る NO. 320

2021年1月10日

win win代表 赤松r良子

~新春に~

 

子供の頃は、お正月が大好きだった。「もういくつねるとお正月!お正月には凧あげて、コマを回して遊びましょ!早くこいこいお正月」という唄をうたってお正月を待った。年が明けると、「年の始めのためしとて、終わりなき世の目出たさを、松竹立てて門毎(かどごと)に祝う今日こそ楽しけれ」という唄をうたって羽根をついて遊んだ。一番の楽しみは、何と言っても「お年玉」で、末っ子の私は、父母からは勿論のこと、サラリーマンになっている兄からも、たっぷりお年玉がもらえるのだった。

ただ、特に何を買いたいというものはあまりなく、(必要なものは母がちゃんと買ってくれるので)何十円もの大金は母がきちんと郵便局へ持って行き私名義で預金をしてくれてあった。毎年重なって、当時としては、結構な額になっていたが、終戦後(太平洋戦争)のインフレで、ただの紙くず同然になってしまったが、家まで焼けてしまったのだから、比較すれば小さな損失と感じられたような気もする。

お年玉がもらえる代わりに、前日の大晦日には普段は何も手伝わない末っ子が、その日だけはガラス拭きをさせられ、それでも一人前になったような気分がして、それはせっせとやった記憶がある。

記憶といえば、小学生は、元旦は勉強はないが、学校で式があって紅白のお餅をもらって帰る風習だった。お餅がもらえる式というのは元旦の他、紀元節、天長節、明治節の3回あり、一年に四大節というという楽しい日があった。

四大節にはそれぞれ講堂で唄う、歌があった。私の記憶力を試してみると、紀元節「雲にそびえる高千穂の高根おろしに草も木もなびきふしけん大御世を、あおぐ今日こそ楽しけれ」(2月11日、今の建国記念日)。

天長節「今日のよき日は大君のうまれ給いしよき日なり、今日のよき日は御光の、さし出給いしよき日なり、光あまねく君が代を祝え、諸人、もろともに」。(4月29日、昭和天皇誕生日)

明治節「アジアの東、日出ずるところ、聖(ひじり)の君のあらわれまして、古き天地(あめつち)閉ざせる霧を、大御光(おおみひかり)にくまなく払い、教えあまねく道明らけく、治めたまいし御代尊(みよとう)と」(1

1月3日、明治天皇誕生日)、以上。資料が手元にないので照合できず、間違っているかもしれない。

これを今、つくづく眺めると、どれもが天皇のありがたさ、日本の国の尊さをたたえたもので、民主主義のセンスはどう探しても見つからない。75年前に縁が切れたのであろう。現在、4大節という言葉もなくなり、国民の祝日として、紀元節は「建国記念の日」に、明治節は「文化の日」に生まれ変わり、天長節は、天皇誕生日として個人的行事として祝われることになり、4月29日は「昭和の日」となった。

国民の祝日は、まず憲法記念日、みどりの日、こどもの日、海の

日、山の日、敬老の日、秋分の日、スポーツの日、勤労感謝の日、春分の日、と賑やかである。

しかし何れも歌まではなく、紅白の餅が学校で配られるのも見ない

ので、子供たちはただ休日になるだけなのか。これを決めた時代は、日本人が働きすぎとの声が高かったので、休みの日を多くしたのであったとか。まさか、デマではあるまい。