暑かった8月が過ぎ、オリンピックの熱気も去った。日本勢が大いに健闘し、メダルの数が、史上最高というのは立派なものだし、とりわけ女性の活躍がすごかった。参加の割合で女性の方が上回ったと、前回記したが、メダルについても、女性が多く獲得したのだから質量ともに優れた女性選手を日本が持っていることを世界に示した。快挙というべきであろう。
この間、テレビは各局競って勝負の瞬間を放映したが、私がもっとも感銘を受けたのは、NHKの「その時歴史が動いた」だった。
1928年のアムステルダムに、日本から出場した唯一の女性、人見絹枝の名は、前回も書いたが、この人の銀メダルに至るまでの苦しい闘いを、「その時歴史が」は、実に感動的に見せてくれたと思う。
長身で筋肉質の人見は、短距離走者として天分に恵まれており、多くの日本記録を持っていたが、当時の日本社会は、その姿に「女らしくない」と拒否反応をあらわにした。「女だてらに」という言葉が横行していた時代である。彼女が闘わなければならなかったのは、競技の相手ではなく、世の中の偏見だった。実際、彼女が耐えた中傷や誹謗はハンパなものではなかったが、彼女は書いた。自分が浴びている悪口の数々を、自分は全部受ける。しかし、自分の後に続いている女子選手には、唯一つも届かせはしない、と。その言や良し!
それだけの気慨があったからこそ、本命の100メートルで敗退した後、悩みに悩んだあげく、全然別種の800メートル競走に挑戦して、見事銀メダルを手にしたのだと思う。その日8月22日の丁度3年後に、24歳の若さで世を去ったと聞き、「そんなに若く!」と残念にも感じたが、しかし、と思い直した。彼女の成し遂げたことは、76年後もこうして、私たちを励ましてくれる、彼女の後を野口みずき選手たちは走っているのだと。