4月1日から後期高齢者医療制度が始まった。75歳以上のすべての男女が対象になるが、人口構成からいって、女性の方がマジョリティーをはるかに超えることは明らかである。
息子・娘、あるいは夫の扶養家族として健康保険に入っていた多くの老婦人が、独立した加入者となり、自分自身の年金から保険料を差し引かれることになる。
年齢を区切って、特別の保険制度を設け、高齢者はいや応なしにそこに加入させる制度というのは、世界でも珍しいようで、私も聞いたことはなかった。
少子高齢化社会が進行する中で、高齢者の医療費がかさむのを案じての名案と考えて、2005年秋の国会で強行採決して導入したというのだが、今、不安や憤懣が続出しているところを見れば、とんでもない迷案だったのではないか。
突然後期高齢者を長寿者と言い換えてみたが、そんなことで反対論が収まるような話ではあるまい。
何より、この制度の内容を国会でどれだけ議論したのか、対象となる75歳以上あるいはそれに近い年齢の人々の意見をきちんと聞いたのか、殆どなかったのではないのか。
「高齢社会をよくする女性の会」理事長の樋口恵子氏は、
「高齢者人口の比率が増大する中で、高齢者の政策決定への参加は、政治家と審議会の年齢制限で減少どころか、消失傾向にさえある。
これは高齢者の国民としての重大な権利制限であるばかりか、現実の人口構成にふさわしい等身大の日本社会にとって適切な政策決定を誤る危険さえある……」
と指摘している。
(富士谷あつ子、岡本民夫編著『長寿社会を拓く』の中で)
国会議員が激務で高齢者には向かないと、政党が公認する立候補者の年齢を制限するのは勿論自由だが、民間の意見を反映するために設けられている各種審議会に70歳定年の取り決めを設けているのは、いかがなものか。
「老害」を恐れて、老人の経験と智慧を聞くことを忘れるのは愚かというべきであろう。
特に、日本の場合、75歳以上の人というのは、戦中、戦後の過酷な時期を生き抜き、焼け野原から立ち上がり、復興―繁栄の担い手となった人々ではないか。
その人々の意見は貴重なものとして、後世にも伝えるべき義務が、現代働き盛りの世代にはあるのだということを銘記してこそしかるべきなのに、
長生きされるのは迷惑といわんばかりの政策を見せられては、またもや「老害」よりも「若害」のほうが恐ろしいとの分析にうなづきたくなる。(昨秋、WINWINの定例会での樋口氏の発言)
かく言う私自身は、まさしく後期高齢者の一員。
WINWINで若い働き手が貴重なのは勿論だが、年金生活者のボランティア活動にも多く頼っている。
多くの民間団体も高齢者が支えているという現実―それこそ長寿を歓べる社会なのであろう。
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